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Column / 2019.11.25

【川谷絵音×井桁弘恵】切なくも美しい物語「花傘」

川谷絵音がそのとき想い描くイメージをビジュアルとして表現する企画。今回は、モデル・女優として活躍中の井桁弘恵ちゃんが川谷ディレクションのもと、切なくも美しい「花傘」の世界観を表現。透明感あふれる彼女の魅力に溺れてしまいそう。
 

花傘


ワンピース¥14,800、帽子¥12,800、スカーフ¥3,800/すべてヘイトアンドアシュバリー シューズ、傘/すべてスタイリスト私物
 
一人部屋で、コンビニで買った缶コーヒーに口をつけながら電話を待っている。6畳一間に小さなローテーブルと折りたたみ式のシングルベッドがあるだけの簡素な部屋だ。1Kでバストイレ別で64,000円、高くもないし安くもない。それにしても「すぐ電話するから」というメールが来てからかれこれ30分は経っている。さすがに長い。いつも逸美は電話をするといったらすぐにかけてくる。おかしいな、と思った時だった。逸美専用に設定した黒電話の着信音が鳴り出した。口につけているだけですでに飲み干していた缶コーヒーをテーブルに置いて電話に出た。

「もしもし」

「あっもしもし?ごめんね駿太!取り込んでた!すぐかけようと思ったんだけど、ちょっと急な電話に出てたの」

「いやまあ大丈夫だよ。それで?明日のことで何か伝えたいことあるんじゃないの?」

「そうなの……先に言っとくけどごめん!明日行けなくなっちゃった……。急な用事なの、本当にごめんね」
 
急な用事……何だろう。逸美のドタキャン自体あまり記憶にない。付き合ってもう2年経つがデートを断られたことは、彼女がインフルエンザにかかった時の1回しかない。まあでも明日のデートはそんなに特別なものでもなくただ久しぶりに上野動物園に行こうというものだったし、それにドタキャンくらい普通長く付き合ってたらあるよなと思い直し、声色を明るくして答えた。

「そっかー、でも全然大丈夫だよー。ちょうどテスト勉強出来るし!」

「本当にごめんね……!このお返しは絶対するから!私バイトあるから、またね!」
 

 
僕が言葉を返す前に電話は切れた。まあこれはいつものことだ。僕と逸美は大学の同級生だ。僕は工学部、逸美は農学部、と学部は違うが1年生の時に軽音楽部の新入生歓迎会で知り合った。音楽の趣味が似ていたこともあってすぐに仲良くなった。安藤裕子がお互い一番好きだった。でも付き合うまでは少々複雑だ。逸美は贔屓目ではなく美人だ。確実にモテていた。
 
 
これは詩でもなく小説でもない。
電話の後どうなったか。
浮気をされたか、それとも浮気をされたように見えて
裏でハッピーエンドに繋がる何かがあるオチなのか。
そんなのどうでもいい。
ただただ彼女は美しい。
美があればそれでいい。
 

 
写真から何も想像しなくていい。
目の前にある美をただただ瞳に映せばいい。
「魅惑を払いきれない」
彼女は傘で身を隠す準備を整えて、
花携えた透明なベールの中から僕を見るんだ。
そう、今この瞬間
君はまだ僕の花傘
 
構成と文/川谷絵音
 
 
川谷絵音(かわたに・えのん)
ミュージシャン・作詞家・作曲家。indigo la End、ゲスの極み乙女。のボーカ ル&ギターのほか、ジェニーハイ、ichikoroのギター、DADARAYのプロデュー スなど多岐にわたって活躍中。この連載では創刊号よりページディレクターを 務め、自身がそのとき想い描くイメージをビジュアルとして表現し、ことばとと もに綴っている。10月2日にDADARAY New Mini Album『DADABABY』、 10月9日にindigo la End New Album『濡れゆく私小説』、11月27日にジェ ニーハイ1st Full Album『ジェニーハイストーリー』が発売!
 
 
撮影/熊谷直子 スタイリング/市野沢祐大(TEN10) ヘア&メイク/宮本由梨(Lila) モデル/井桁弘恵